町内には茶道、ダンス、琴など様々な活動を行う文化団体があります。新たに何か始めたい方、興味のあるサークルがありましたら、社会教育課までお問い合わせください。
事業名 | 期 日 | 会 場 | 対 象 | 備 考 |
文芸しみずの発刊 | 11月3日 | - | - | |
文化賞 スポーツ賞表彰事業 |
文化の日(一般部門) 春分の日(学生部門) |
文化会館 |
一般・学生 |
|
子ども文化教室事業 | 6月~11月 | 文化会館 | 幼稚園~高校生 | |
絵画展事業 | 未 定 | 文化会館 | 一 般 | |
郷土文化振興事業 | 未 定 | 文化会館 | 一 般 |
事業名 | 期 日 | 会 場 | 対 象 | 備 考 |
幼児芸術鑑賞事業 | 年1回 | 文化会館 | 幼稚園・保育所 | |
小学生芸術鑑賞事業 | 年1回 | 文化会館 | 小学生 | |
中学生芸術鑑賞事業 | 年1回 | 文化会館 | 中学生 | |
一般向け芸術鑑賞事業 | 未 定 | 文化会館 | 一 般 | |
映画会・ロビーコンサート | 未 定 | 文化会館 | 一 般 | |
第九文化継承事業 | 未 定 | 文化会館 | 一 般・学 生 |
近代日本経済の父といわれる渋沢栄一らが1898年(明治31年)に設立した十勝開墾合資会社(後の十勝開墾株式会社)が、札幌農学校(現在の北海道大学)に依頼し1919年(大正8年)に建築した、当時としては理想的な畜舎。
現在も1階は畜舎、2階は飼料庫として使用されています。
清水町字熊牛11番地
※私有地につき見学には所有者の許可が必要です。
1918年(大正7年)富山県の僧、増山白渚を招き熊牛説教所として開基し、その後、十勝開墾株式会社から敷地や材料費、また渋沢栄一らより寄付を得て工事が始まり、1929年(昭和4年)に寺院が落成しました。
渋沢の雅号「青淵」を山号に戴いており、渋沢直筆の扁額が掲げられています。
清水町字熊牛64番地
※私有地につき見学には所有者の許可が必要です。
1911年(明治44年)十勝開墾合資会社が敷地や工費を投じ本殿を造営、翌1912年(大正元年)に拝殿を造営し、新元号大正の「大」と十勝の「勝」から大勝神社と名づけられました。
札幌神社(現北海道神宮)から大国魂神ほか2神の分霊を請い、祭神としています。
2012年(平成24年)創祀百年を記念し、改修されました。
清水町字熊牛63番地
1923年(大正12年)に道庁の招聘で、ドイツよりフリードリッヒ・コッホが妻と4人の子どもをつれて居住し、7年間にわたり甜菜栽培の研究や輪作体系の技術指導を行いました。
住宅は木造2階建てのドイツ風建築で、1974年(昭和49年)に改築され、現在も使用されています。
清水町字下佐幌基線70番地
※私有地につき見学には所有者の許可が必要です。
徳川幕府箱館奉行所御雇となった探検家松浦武四郎が1858年(安政5年)十勝内陸の調査のため、石狩から山越えし十勝川に沿ってニトマフ(現在の清水町字人舞)にたどり着いた際、アイヌ人のアラユクが歓迎して泊めた場所です。
清水町字人舞278番地
※私有地につき見学には所有者の許可が必要です。
石狩道路開通の翌年、1899年(明治32年)に官設ペケレベツ駅逓が設置され、村山和十郎が取扱人となりました。
官馬7頭、私馬7頭を蓄え、旅館と人馬継立及び郵便物中継の重要な役割を務めていましたが、1907年(明治40年)の中央鉄道の開通を機に、同年に廃止されました。
駅逓跡を清水町発祥の地とし、町体育館前に記念碑が建立されています。